オノキヅクの積読堂<大人の読書案内文>

「本が好きなこども」を育てるコツと「大人が本を楽しむ環境」の作り方

重さも暗さも越えていく 澄み切った透明な物語「水の時計」◆webPOP

こんにちは、積読ライターのオノキヅクです。

 

今日の一冊はこちら。

水の時計/初野晴

角川文庫、Kindle版があります。

 

水の時計との出会い

本屋さんで「水の時計」というタイトルに惹かれたのが出会い。棚から引き出してみれば、暗い夜の海に静かに浮かぶ月。スッと闇に溶けるような縦書きのタイトル。美しくって、儚くって、迷わずその場で購入しました。

第22回横溝正史ミステリ大賞の受賞作です。「ファンタジックな寓話ミステリ」とのこと。最近「ミステリ」の範囲が広いので、なんとも言えませんが、あまりミステリーっぽくはありません。こういう話を何のジャンルに分類すればいいんでしょうね?長編でありながら、短編集のような構成。

 

読み終わった瞬間は、実は、少しだけ、物足りない気がしました。まるで表紙のタイトルのように、スッと物語が溶けていくような終わりだったから。「はー、読み終わった!」という読了感はないけれど、読み終わってしばらくは何も言葉を発したくなくなるような、そんな穏やかで美しい余韻に包まれます。

 

 

水の時計の世界観

テーマがテーマなので、先に裏表紙の紹介文を引用しておきます。

医学的に脳死と診断されながら、月明かりの夜に限り、特殊な装置を使って言葉を話すことのできる少女・葉月。生きることも死ぬこともできない、残酷すぎる運命に囚われた彼女が望んだのは、自らの臓器を、移植を必要としている人々に分け与えることだった――。

脳死、臓器移植というヘビーなテーマ。社会のアングラな面も垣間見えるのに、全体としては澄み切った水のように、すきとおった美しい世界観の中に浮かんでいます。日本、現代、ファンタジー、アングラとキーワードを並べると、私の読書ログで言えば向山貴彦さんの「ほたるの群れ」が思い浮かびます。向山さんはもっと人間臭い部分を描く方ですが、こちらはもっと澄んだ、ちょっと幻想的な世界。他人の苦労や努力も、他人から見れば美談になるように、一人の少女と一人の少年の哀しい想いも、三人称や誰かの目を通して描かれることでうつくしい物語に見えているのかもしれません。

テーマや舞台は現代。現実離れした舞台設定やキャラクターが、少しだけライトノベルやファンタジーの要素を感じさせます。それでも決して少女漫画的にならずにいいバランスを保っている、不思議な物語です。

 

 

著者:初野晴さん

初野晴さんと言えば「ハルチカシリーズ」の方が知られているのではないでしょうか。私はまだ積読ですが、「ハルチカ」はしっかり推理要素のあるミステリーであり、青春小説でもあり、恋愛モノでもあるという、ぎゅっとつまったお話だそうなので読むのを楽しみにしているシリーズのひとつです。

「水の時計」は初野さんのデビュー作。2002年の第22回横溝正史ミステリ大賞を受賞してのデビューだったのですが、実はその前年、2001年の横溝正史ミステリ大賞でも別作品「しびとのうた」が最終候補作に選ばれていたそうです。読んでみたい…のですが、どうやら書籍化はまだのよう。いつか出版されることを願っています。

余談ですが、初野さんの作品はどれも表紙がとっても素敵です!

 

 

心にしんしんと沁みる寓話物語

少しヘビーな題材ではありますが、普段明るい話を読んでいる人にこそ読んでほしい物語。初野さんの透き通った世界観のおかげで、読みやすく、スッと胸に沁み込んでいきます。

主要な登場人物は少年少女と呼ばれる年頃です。ハルチカをはじめとした青春小説や、不思議な事件に巻き込まれていくミステリー小説の主人公たちと同じような年齢。同じ現代日本に暮らすはずの同年代でも、こんなにいろんな人生と、いろんな幸福論があるんです。

 

ハルチカとは違う人生を送った少年少女を、ぜひあなたも見守ってあげてください。